とある兵士の記録

20××年 3月6日
本当に突然のことだった。国からの紙切れ1枚で私は戦場へと駆り出された。なぜ戦争はなくならないのだろう。私には大切な妻や子供がいる。なんとしてでもここから生きて帰らなければ。
 
 
20××年 3月9日
特攻するもの。奇抜な動きで敵を翻弄するもの。さまざまな役割がある中で、私たちに与えられた役割は、力を持たないいわゆる捨て駒だった。「お前たちがいなければ戦には勝てない」。心が折れかけている私にとって大将のその一言が唯一の支えだった。
 
 
20××年 3月10日
1歩1歩敵陣へと近づいていく。それに連れて戦場も激しくなっていった。ここからすぐにでも離れたい気持ちだがおそらくそれはできない。私たちには退くことなど、一切許されていないのだから。
 
 
20××年 3月16日
隣にいた同僚の佐々木がやられた。佐々木は私と同じ役割をもつ、力を持たない捨て駒だった。致命傷を負わされた佐々木は敵に連れていかれてしまった。佐々木と出会ったのはそれこそ戦場だったが、私とすごく馬が合い、戦争が終わったときには一緒に酒を飲む約束をしていた。しかし、もうそれも叶わない。佐々木はおそらく拷問を受けそして…いや、考えるのはもうやめよう。
 
 
20××年 3月18日
先に敵陣についた隊員が今まで見せていないかのような力で暴れまわる情報を聞いた。私もどうせ死ぬのなら、彼らみたいに国のため羽ばたいて死にたい。
 
 
20××年 3月25日
私の前に敵が立ちはだかった。私はその顔を見てびっくりした。佐々木だ。敵に連れて行かれた佐々木は完全に寝返っていたのだ。服越しだが全身に傷を負っているのがわかる。おそらく相当激しい拷問を受けたのだろう。
「どけ!佐々木!俺はお前を殺したくない」。叫ぶ私に佐々木はこう叫んだ「ふざけるな!甘ったれったこと言ってんじゃねえ!いいか!ここは戦場なんだ!やらなきゃやられるんだよ!」それはまるで自分に言い聞かせているようでもあった。そして、佐々木はナイフを取り出し私に襲いかかってきた。
私は佐々木の腹に自分のナイフを刺した。私の方が一手早かったらしい。致命傷は避けたつもりだが、元同僚を刺すことは私にとって自分が刺されるのと同じくらい心苦しかった。しかし、仕方がない。これが戦場で生き抜くためなのだから…。
佐々木はわが軍の救護隊に運ばれた。一度寝返ったといえど元味方だ。今は彼が生きることを願う。
 
 
20××年 3月28日
今日も敵陣へと1歩1歩歩み寄る。
 
 
20××年 4月18日
情報によるとどうやら戦はわが軍が圧倒的に劣勢らしい。もう勝つことは絶望的だと言われていた。しかしそれでも国はあきらめていない。我々のことなどなんの関係もないかのように戦は終わらなかった。
 
 
20××年 4月22日
終わりだ。遠くから敵に銃で狙われているのが完全にわかる。私はおそらくこのまま殺されてしまうだろう。死ぬとは一体どういうことなのか、考えるだけで恐ろしい。しかし、もうどうすることもできない。腹を決めるしか方法はなかった。
敵が銃を構え、死ぬことを覚悟したまさにその時だった。私の前に一人青年が現れた。どこからともなく現れた青年は私をかばうように両手を広げ立っていた。そして私はその姿を見てびっくりした。佐々木だ。佐々木は生きていて、そしてまたまた戦場へと戻ってきていたのだ。
彼は大声で、そして誰かに訴えるように叫んだ。
「もうやめましょうよ!!これ以上戦うのやめましょうよ!!!止められる戦いに欲をかいて!!!今手当てすれば助かる兵士を見捨てて…!!!その上にまだ犠牲者を増やすなんて、今から倒れていく兵士たちは!!!………!!!まるで!!!バカじゃないですか!!?」
彼は叫んだ。本当に大声だった。そして彼のこの行動がきっかけで、戦は終焉を迎えることとなる。
 
 
20××年 8月14日
戦争が終わって早4ヶ月。私は今妻や子供と一緒に暮らしている。
戦は彼の行動によって信じられないくらいあっさりと終わった。
現在、我が国は敵の手中でありいわゆる植民地状態である。それを考えると彼の取った行動が本当に正しかったのかはわからない。絶望的といえどまだ逆転する奇跡だってありえたかもしれないからだ。
しかし、少なくともこれだけは言える。私は彼の行動によって救われたのだ。私は感謝している。おそらく一生頭はあがらないだろう。あれから彼とは会っていないが、できることなら一緒に酒を飲みたいと思う。
今、なによりここに生きているのは、他ならぬ彼のおかげなのだから…。
 
 
 
 
「というわけで本日の棋聖戦を見ていただいたわけですが…、解説の高橋さん、しかしなぜ名人は、二歩などという初歩的なミスを犯してしまったのでしょうか?」
「劣勢だったので事実上の投了だったのか…。名人の考えることですからね。私にはわかりません」