コント 「ぶり丼」

コント 「ぶり丼」
 
先輩:スーツ姿 後輩:スーツ姿 店員:いわゆる店員の姿 客:音声とかで流す

先輩「いやあ、実際話してみたけど、意外と反応よかったし、今回の契約はわりとすんなり行きそうだな。」
後輩「わざわざ遠くから来ましたからね。これで失敗した日には目もあてられませんよ。」
先輩「確かに。」
後輩「でもそれもこれも、先輩の話の上手さのおかげですね。さすがです先輩。」
先輩「そんなことねえよ。ていうか、お前ももうちょっとしっかり話できるようになれよ。まあでも、とりあえずはうまくいったし、なんか腹減ったな。」
後輩「そうですね。意外と長くなりましたし、もう3時手前ですからね。」
先輩「でも、新幹線の時間あるからあんまり店探してもいられないよ?」
後輩「あ、じゃあそこの店でいいんじゃないですか?この辺港町で魚が美味しいって聞きましたし。近くの漁港から直送で仕入れてるって書いてますよ。」
先輩「よし、じゃあそこにするか。」
(店に入る)
店員「いらっしゃいませ。」
先輩「すいません、2人で。」
店員「2名様で。かしこまりました。こちらの席どうぞ。」
(席に座る)
先輩「何にしようかなー。」
(壁に張り紙がいくつか貼ってある 全部サバの味噌煮を勧めるポスター)
後輩「この店、サバの味噌煮が有名みたいですね。」
先輩「サバの味噌煮かあ。」
後輩「じゃあ僕、せっかくだしサバの味噌煮定食にしようかな。先輩は?」
先輩「ん、俺はぶり丼。」
後輩「ぶり丼、ですか?ここのイチオシはサバの味噌煮みたいですよ。」
先輩「バカだなあお前。こういう漁港の町っていうのは、魚が新鮮なんだよ。その新鮮な魚を生でいただく。これが一番美味い食べ方なんだよ。」
後輩「うーん、なるほど。」
先輩「というわけで、俺はぶり丼でいくから。すいませーん。」
店員「はーい。ご注文は?」
後輩「あ、えーと、僕、サバの味噌煮定食。」
店員「サバの味噌煮定食で。ありがとうございます。」
先輩「で、俺がこの、ぶり丼ください。」
店員「ぶり丼?」
(店に緊張が走る)
先輩「え?」
店員「え?」
先輩「あ、えーと…。ぶり丼、頼まないほうがよかったですか?」
店員「あ、いえ、大丈夫ですよ。すいませんぶり丼ですね。少々お待ちください。」
先輩「……え、俺、まずい注文した?」            
後輩「いや、そんなことないと思いますけど…。」
客(ねえ…、ぶり丼だって。)
客(この店でぶり丼頼む?絶対サバの味噌煮だろ、サバの味噌煮。)
客(ぶり丼って…。サバの味噌煮頼まないとか、あの人頭おかしいのかしら…。)
先輩「なあ?ごめん。俺あいつら殴ってきていい?」
後輩「やめてください。なんでそんなケンカ腰なんですか。こんなところで問題起こさないでくださいよ。」
先輩「え?何、ここそんなサバの味噌煮で有名なの?」
後輩「うーん、どうなんでしょう…。(スマホで調べる)あ、先輩。これですこれ。この店、名物がサバの味噌煮らしくて、お昼のテレビ番組で美食家の方が絶賛したらしいです。」
先輩「そうなの?」
後輩「他にもいろんな番組で紹介されてるらしくて。食べログだとこのエリアの中ではぶっちぎりで1位みたいですね。」
先輩「サバの味噌煮が?」
後輩「全国各地からお客さんが来るらしいですし、行列2時間待ちなんてのもざらじゃないみたいですよ。」
先輩「え、でも全然すぐ入れたじゃん?」
後輩「まあさすがに平日の、しかも3時ですからね。むしろこの時間帯でこれだけお客さんがいるのってなかなかないですよ。」
先輩「えー…、でもそんなん言われても俺知らないしさー。え?お前知ってた?」
後輩「いや、偶然です。」
先輩「だよなー。それをそんな言われる?」
客(ねえ、あそこの人、サバの味噌煮じゃなくてぶり丼頼んだらしいわよ?)
客(マジで?センスねー。あいつ終わってるな。)
客(さっさとこの町から出てってくれないかしら。)
先輩「やっぱりぶん殴りにいったほうが。」
後輩「やめてくださいって。なんですぐ殴る方向にいくんですか。」
先輩「いやでも、アウェイすぎない?店どころか町出て行けって言われたよ、俺?」
後輩「うーん。」
先輩「でもそんな言われたらなんかサバの味噌煮も気になってくるなー。そんなにうまいのここ?」
後輩「少なくともネットで見てる限りでは悪い評判は見ませんね。なんかサバが取れたてで新鮮なのもそうですけど、ここのご主人の実家が昔から味噌作ってるとこらしくて、わざわざサバに合う味噌を選んでるみたいですよ。」
先輩「そこまでこだわってんの?そんなん聞いたら食べたくなってくるなー。あのさ、一つお願いがあるんだけど。」
後輩「なんですか?」
先輩「ひと口だけ、もらっていい?」
後輩「えー、嫌ですよそういうの。」
先輩「いいじゃん、別に。ひと口だけだよひと口?先輩命令だぞ?」
後輩「えー。」
客(ねえ、聞いた?あそこのぶり丼、人のサバの味噌煮定食、ひと口もらおうとしてるらしいわよ。)
客(ほんと、恥ずかしくないのかしら。それも先輩の立場使って。こういうのなんて言うの?パワハラ?)
客(いや、あの人ぶり丼でしょ。ブリハラよ、ブリハラ。)
先輩「決めた。俺あいつら殴る。」
後輩「ちょっとやめてくださいって。」
先輩「ブリハラってなんだよ!そんな言葉ねえよ!」
後輩「それはそうですけど。落ち着いてくださいって。」
先輩「大体もう俺ぶり丼って呼ばれてるじゃん。あだ名つけられてるよ?」
後輩「悪気はないですから。大人になりましょ。」
先輩「でももうぶり丼食べる気分じゃねえよ。サバのほうの味気になるし。」
後輩「もー、そんなに言うんだったら注文変えてもらったらいいんじゃないですか?」
先輩「あ、なるほど。その手があったか。そうしよ。すいませーん。」
店員「はい、すいません。ぶり丼お持ち致しました。」
先輩「ぶり丼はえええー。ぶり丼出てくるの超はええええええー。」
店員「どうされました?」
先輩「いや、あの、思ってたより早かったなあって。」
店員「まあ乗せるだけですからね。」
先輩「乗せるだけって。」
店員「冷蔵庫に入ってる切り身乗せて、醤油ぶっかけるだけですし。」      
先輩「やばい。こだわりとかが全然ない。」
店員「なんなら昨日入ったバイトとかでもできますから。」
先輩「ぶり丼に対する愛情がなさすぎる。」
店員「あ、で、これ。サバの味噌煮のお客様に、鯛のお刺身の木の芽和えになります。」
後輩「え?あの…、頼んでないですけど。」
店員「こちらサバの味噌煮定食を頼まれた方に出してるんです。少しお時間いただくので。もちろん料金は取りませんし、ちょっとしかないですけど、サービスですので。」
後輩「あ、ありがとうございます。」
店員「今朝仕入れたものを捌いてるので。お口に合えば。それでは、ごゆっくり。」
先輩「めちゃめちゃ優遇されてるじゃんサバの味噌煮!」
後輩「…いやあ、予想外でしたね。」
先輩「いいなあお前だけ。ずるいよ。絶対ずるい。」
後輩「そう言われましても…。」
先輩「なんだよ。刺身がついてくるとか。俺ナマモノ食べたかったから、それ知ってたら絶対そっち頼んでたよ?」
後輩「もう別にいいじゃないですか。先輩もぶりのお刺身いっぱい乗ってるでしょ?」
先輩「冷蔵庫入ってるって言ってたよさっき?漬けでもないのに。ほんとにこれ新鮮なの?」
後輩「それはさすがに大丈夫でしょ…。」
先輩「なあ、お願いなんだけどさ、その刺身一つくれない?」
後輩「嫌ですよ。言っても2切れしかないですから。」
先輩「いいじゃん、お前ももともと食べる予定になかったやつだろ?だったらそれを俺に渡してくれよ。」
客(またごちゃごちゃ言い出したぞ、あのぶり丼。)
客(こんな典型的なブリハラ見たことないわ。可哀想ね。)
客(ママー!ブリハラって何―?)
先輩「ほんとにブリハラって何なの?」
後輩「知らないです。僕に聞かないでくださいよ。」
先輩「腹立つわー。絶対店じゃなかったら殴ってる」
後輩「もうさっきから。そんなブリブリしないでドンと構えててくださいよ。」
先輩「ぶり丼だけにか。やかましいわ。お前もちょっとバカにし始めてるじゃねえか。」
後輩「そんなことないですよ。」
先輩「明らかにいじりだしてるじゃん。目上の人が怒ってる表現にブリブリなんてまず使わないからね?」
後輩「そう言わずに。ほら、先輩は、ぶり丼(笑)食べてくださいよ。」
先輩「ちょっと笑ってるじゃねえか。」
後輩「そんなことないですって!」
先輩「はあ…、もういいよ。いただきます。(ぶり丼食べる)あれ?」
後輩「どうしました?」
先輩「美味い。美味いよこれ。」
後輩「よかったじゃないですか。」
先輩「いやなんか…。すごい否定されてたから期待してなかったけど、全然美味いよ。むしろ今まで食べてきた物の中で1、2を争うんじゃないかな?」
客(はあ?バカじゃないの?ぶり丼よ?ぶり丼?)
客(味オンチなのかしら。ここのぶり丼でそんな感動するとか。)
客(ここのぶり丼がそんな美味いわけないだろ。今までずっとゴミばっか食ってきたんじゃないの?)
先輩「ついに俺が、マウントを取る時代が来た。」
後輩「やめてくださいって。ボコボコにいこうとしてるじゃないですか。」
先輩「もうあれ俺の悪口じゃなくて店の悪口だからね?半分店で出してる品の悪口じゃん。」
後輩「無視してくださいよ。」
先輩「サバの味噌煮だけに視野がいきすぎて店へのリスペクトがなくなってる。」
後輩「そうかもしれないですけど。」
先輩「いやでも、ほんとうまいよぶり丼。全然これにして正解だった。」
後輩「まあならよかったですよ。」
先輩「いやあ、ここきっと全体的においしい店なんだな。お前もぶり丼にすればよかったのに。」
後輩「たぶんですけど、それは絶対ないですよ。」
(食べてると誰かが入ってくる音)
先輩「あれ?あの先ほどの。(立ち上がる)」
後輩「あ(先輩に続いて立ってお辞儀する)」
先輩「すいません。先ほどはありがとうございました。すごい好意的に聞いてくださって。はい、せっかくなんでここのものを食べて帰ろうと。いやあ、地元の方でもこの店に食べにこられるんですね。」
先輩「え、いや…、食べてるのは…、ぶり丼ですけど…。」
先輩「いや、ちょっと、さっきの契約の話は白紙って…。待ってください!そんな…、この店でサバの味噌煮を食べない人は信用できないって。ちょっと…。ちょっと…!」
後輩「……もう!先輩がぶり丼なんて食べるから!」
先輩「そんなことある?え?これ俺が悪いの?ぶり丼食べてて契約が振り出しとか。」
後輩「なんでサバの味噌煮にしないんですか!」
先輩「え?お前マジで怒ってる?ぶり丼がこんな影響するなんて思わないじゃん。えー、マジかよ…。せっかくうまくいきそうだったのに。会社になんて説明するんだよ。」
後輩「あったことを、そのまま伝えればいいんじゃないですか?」
先輩「絶対無理だよ。訪問してた段階ではうまくいってましたが、俺が店でぶり丼食べたら白紙になりましたって。意味わかんないし。うまくいかなかったから嘘ついてごまかしてると思われるわ。」
後輩「でも事実ですしね。」
先輩「もう!なんでこうなんだよ。」
客(サバの味噌煮を選ばずぶり丼を食べるからこうなるのよ。)
客(当然の結果だわ。自業自得。)
客(ぶり丼を選んだ報いね。)
先輩「報いってなんだよ!」
後輩「先輩、怒鳴らないでください!」
先輩「さっきからあいつらなんなんだよ。ぶり丼頼んだ客にヒソヒソヒソヒソ!お前らがぶり丼いじめてるぶり丼ハラスメントだよ!逆ブリハラだよ逆ブリハラ!」
客(なあに、逆ブリハラって…。そんな単語聞いたことない。)
先輩「ブリハラが聞いたことねえんだよ!!」
後輩「先輩落ち着いてください!」
先輩「もうやだよ…。取引もうまくいかなくなったしよお。」
後輩「1回深呼吸しましょ。今回の取引の件は、僕が後で電話して説得してみせます。」
先輩「ほんとに?お前そんな頼りになるタイプだっけ?」
後輩「いっても僕は、サバの味噌煮、頼んでますからね!」
先輩「どっから来るのその自信?え?サバの味噌煮頼んでただけでそんなことになるの?」
後輩「とにかくこの契約は僕が全部受け持ちますんで。この件に関してはぶり丼先輩はあまり気にしないでください。」
先輩「ぶり丼先輩っていうんじゃねえよ。急にえらそうに。え?お前?サバの味噌煮頼んだだけで会社のヒエラルキーひっくり返らないからね?」
後輩「とにかく今回は任していただいて。ぶり丼先輩は、安心してぶり丼食べててくださいよ。」
先輩「…もういい。俺もサバの味噌煮定食食べる。」
後輩「え?でも…、ぶり丼残ってますよ?」
先輩「ぶり丼ももちろん食べるし、その上でサバの味噌煮定食も食べる。がんばればいけんだろ。」
後輩「2品いくんですか?青魚系を2品?」
先輩「そんな大したことじゃねえだろ。」
後輩「いや、でも…。」
客(ぶり丼とサバの味噌煮を…?)
客(そんな、両方食べる人だなんて今まで聞いたことがない…。)
客(これは私たち、彼のことどう見ればいいのかしら?)
後輩「他のお客さんたちも、ぶり丼先輩を見る目が変わっている…!」
先輩「ぶり丼先輩って軽々しく呼ぶんじゃねえ!もう言わせないからな。」
後輩「先輩…。」
先輩「俺は今から!ぶり丼も食べるけど!サバの味噌煮定食も食べて!その上でもう一度さっきの取引先に交渉する!そして契約も!先輩としての威厳も!もう一度!取り戻すんだ!」
(先輩 ぶり丼を掻き込む)
後輩「先輩…!さすがです先輩!やっぱ先輩は違いますね!」
先輩「よおし!食べきった!」
後輩「先輩!」
店員「すいません、サバの味噌煮定食お持ちしました。」
後輩「先輩!」
先輩「あ、すいません。俺もサバの味噌煮定食もらっていいですか?」
後輩「先輩!」
店員「すいません。今日これでもう売り切れなんです。」
先輩「ちくしょー!」
後輩「ぶり丼先輩…。」